ライティングという海原へ~『凌駕ライティング工房』について~

パラレルスキルの筆頭スキルがライティングです。そして、ライティングは人と人を繋ぐ「自分自身を最大限に表現する」ツールです。そこにあるのは言葉。言葉を磨き文章をつむぐ力をつくる。それがこのサイトの目的です。

当サイトにお越しいただきありがとうございます。当サイトをワークショップ(工房)とよびます。粘土を手でこねて陶器をつくるように、凌駕ライティング工房は、言葉をこねて文章をつくる場所だからです。このワークショップでは、 TOWICEというボクが名付けたライティングの着目点にスポットをあて、文章読本、文章論、日本語学、アイデア論、心理学、哲学、歴史、小説、詩、俳句などボクが読んだ本から色々な知識を拝借しながら、記事の作成・編集を行っています。

ワークショップをはじめる前に

ライティングを学ぶまえに

ペン「ウィズコロナ」、「ゼロコロナ」、「ポストコロナ」。呼び方はなんでもいいのですが、私たちは新しい時代にシフトチェンジしたことは事実です。もちろんコロナ以前から、世の中はこのままでいいのだろうか。このままで地球は大丈夫なのだろうか。といったおもいは、たぶん人類共通の危機感で、国連が提唱するSDGsや、京都議定書、パリ協定による国際合意による地球温暖化施策などに鮮明にあらわれています。どこまで真剣に社会変革をかんがえているのか、信じられないし、疑わしいともおもうのですが、グレタさんをはじめとするわかい社会活動家のはたらきや、人種や性などの多様性への取り組み、公共や社会正義に対する思想、SDGsを掲げて新聞全面広告を打つ企業がふえていること、などなど、ちょっとは世の中が変わろうとしている、そう信じたいとも、そう信じるしかないとも、ちいさなともしびを消さぬように、手のひらを広げ、風に吹かれて消えぬよう、見守りたいとおもいます。

でも、シフトチェンジしようとする世の中を、ボクたちどう生きればいいのでしょう。

いまの時代は生きるには専門スキルがひとつだけでは不十分で、多様なスキルが必要だといわれています。それを、複数のスキルを巧みに活用するパラレルスキルというそうです。サラリーマンをしながら「Uber EATS」の配達員ならまだしも、非正規雇用で、将来も見通せないのに、パラレルスキルなんて、とおもってしまうのがおおぜいで、「パラレススキル」ってなによ。まずは、食っていけるスキルをくれよ。というのがあたりまえの意見でしょう。

年をとったら、「人生100年時代」ともいわれています。老後に2000万円の蓄えがないと生きられないと脅され。古い言い方だけれど「人生二毛作」、「人生三毛作」どころじゃなくて、米を三回(三毛作)つって、蚕を飼って、山で木をきって、川で洗濯して、自家野菜を植えて、出稼ぎに出て、それでも、生きてゆくのがやっと、年貢の取り立てだけは厳しくて、これじゃまるで、ボクたちって、むかしの貧しい農家とおなじ、と、おもってしまいます。しまいには、「マルチステージ」なんていう言葉に踊らされる始末。「オレは、シングルステージにもあがっていないし!」との、声が聞こえそうです。

吉野源三郎『きみはどう生きるか』のといかけは、コペル君への問いかけでも、若い世代への問いかけでもありません。『きみはどう生きるか』のといかけは、今を生きるすべての人へのといかけです。その答えへの旅先案内人は、「考えること」すなわち、言葉を磨き文章をつむぐ力、ライティングです。

『凌駕ライティング工房』は、そんな思い上がった理想からスタートします。

井上ひさし『自家製文章読本』のグチ

『文章読本』を編むことは、今やほとんど不可能事に近い。 冒頭にこう掲げると 、たちまち「奇をてらうな」という 叱声しっせいを浴びることになるに違いない。たしかに私は奇を好むたちだが、この悲鳴は本心から発せられている。『文章読本』を試みることは、真実、滑稽な冒険なのだ。理由は大小二つあって、一つは個人的な事情による。すなわち浅学非才せんがくひさいの筆者には、その実力と資格に欠けるのである。大した実績もなく、また蓄えもないのに、かかる冒険をうかうかと引き受けた浅はかさが、我ながら空怖ろしく、そのせいで震えている。井上ひさし自家製文章読本

井上ひさし『自家製文章読本』の冒頭です。「滑稽な冒険へ旅立つ前に」と表題をつけた序章には、はなから、おれには『文章読本』は書けそうもないと、グチからはじまります。井上ひさしでも文章論は難しい思うわけですから、井上氏の足下にもおぼつかないボクに、ライティング工房と名づけた文章道場のようなサイトをはじめるなんて、いささか無茶といえます。

 

 

里見 弴「文章はだれにも書ける」

 明治・大正・昭和と活躍した文人で、志賀直哉に「里見は小説の小さんだ。名人上手である。*1」言わしめた里見弴は、子ども向けに書かれた『文章の話』で、「日本語をはなせない日本人いない。(だから)文章は誰にも書ける。」と、ライティングのハードルは下げてくださっている。NHKアーカイブのNHK人物録に残るご本人の映像では「文章というものはね。どんなに美しく書こうとしたって分からないじゃしょうがないからね。わかるためにはね、口で言ったとうりに書けばいいんだよ。」と話されていて、これならボクにも書けそうだとおもってしまう。

里見弴は、『文章の話』の中で、「過不及なし」とか、「たいことを、たいせよ」とか、簡単そうでいて深くて、「やさしくて、むずかしい」のが文章だというのですが、詳細は別の記事にゆずります。

*注記

*1:井上ひさし『私家版日本語文法』60頁。小さんは、名人といわれた落語家の五代目柳家小さん。ボクは五代目古今亭志ん生の方が好きだけど

「やさしくて、むずかしい」ライティング

むずかしいコト・モノ・ヒトを、わかりやすく表現すること。ライティングは、どんな仕事にも必要なパラレルスキルの筆頭です。井上ひさし『自家製文章読本』冒頭のように、ライティングを学ぶのは「滑稽な冒険」でしょうか。里見弴『文章の話』のように、「文章は誰にも書ける」簡単なことなのでしょうか。

ボクは「やさしくて、むずかしい」のがライティングだとおもっています。不確かな時代のなかで、自分らしく表現する創意工夫がなければなりません。「創意工夫は苦しまぎれの知恵である。」といったのはホンダ創業者の本田宗一郎、「真の発見の旅は、新しい景色を求めることではなく、新しい目を持つことにある」はブルースト(*0)です。このワークショップでは、マルチステージをパラレルスキルで生き抜くために、「苦しまぎれの知恵」で「新しい目」を学ぶことにいたします。

 

*注釈

*0:マルセル・プルースト( 1871/7/10~1922/11/18)『失われた時を求めて

文章本のコンサバとプログレを考えてみる

文章力をあげるために本を参考にするとして、世の中にはどんな「文章本」があるか、ちょっと概観してみましょう。

文章本のコンサバ(本流・保守派)は「書く力」

書店では、今では古典になりそうな谷崎川端三島の大作家の『文章読本』にはじまり、作家の文書読本として極上だとお勧めの丸谷才一『文章読本』、井上ひさし『自家製文章読本』。文章研究の先生方、大野晋、清水幾多郎、中村明、佐藤信夫、中条省平、斉藤孝などの著作。大野晋『日本語練習帳』、中村明『語感の辞典』はボクも重宝しているすばらしい本です。ジャーナリスが書いた文章本というカテゴリもあります。本多勝一、池上彰、校條剛、大熊秀夫、小笠原伸行、永江朗などです。本多勝一『日本語の作文技術』は定番といえます、他にも、コンサルタントあり、コピーライターありで、この分野では、伝説のITコンサルタント、ジェラルド・M・ワインバーグ『ワインバーグの文章読本』が注目です。ライティングにかかせない本として、共同通信社『記者ハンドブック』、講談社『類語大辞典』は、ぜひ手元に置いておきたい本です。

文章がどうなりたっているのか。どうのような構成で書けばいいのか。どのうな表現方法があるのか。など、「書く力」を鍛える方法について書かれているのが、これらの文章本といえます。

こうした文章本が、伝統的、あるいは伝説的な文章本で、ライティングの本流・保守派、コンサバでしょう。では、ライティングの革新派、プログレの文章本とはどんな書籍でしょう。

文章本のプログレ(革新)は「考える力」「伝える力」

すでに古典にはいりそうですが、トーマス・クーン『科学革命の構造』、ジェームス・W・ヤング『アイデアのつくりかた』、梅棹忠夫『知的生産の技術』、外山滋比古『思考の整理学』、丸谷才一『思考のレッスン』、S・I・ハヤカワ『思考と行動における言語』など、考え方や思考法にフォーカスした書籍群です。この分類には、哲学や心理学もおおきく関わります。言葉で考え、考えたことをつむぐことが文章ですから、文章作成の源泉は「考える力」です。元朝日新聞論説委員の轡田くつわだ隆史『「考える力」をつける本』というそのものズバリの題名の本もあります。「バザールでござーる」や「ピタゴラスイッチ」の佐藤雅彦『新しいわかり方』は、ノーベル賞受賞者・ハーバード・A・サイモン『システムの科学』に通じるデザイン論で、「問題を解決するということは、単に解をはっきりさせるように表現するすことにほかならない」(*2)という、リフレーム(見方)という大切な考え方を学べます。

「Webライティング」「マーケティング」「行動デザイン」といった視点。この分類は、これまた文章作成にはかかせない「伝える力」と言いかえてもいいでしょう。マリア・ヴェローソ『ウェブセールスコピーの法則』、ニコル&ケイト『伝わるWebライティング』、博報堂行動デザイン研究所『行動デザインの教科書』、山本高史『伝える本』、斉藤孝『「読む・書く・話す」を一瞬でものにする技術』などです。これまたズバリの、池上彰『伝える力』はベストセラーになりました。デザイン論、行動心理学、認知心理学、社会科学などおおくの学問分野で研究されているテーマでもあります。「伝える力」は、前述の「考える力」がおおきく関わります。

ライティング力をあげるための書籍として、文章本のコンサバを「書く力」、それに対するプログレとして「考える力」と「伝える力」に分けてみました。ここにあげた本は、ボクが「文章関連本」と名付けた書架にある本だけです。ちまたには文書本があふれています。本を手にするとき。これは「書く力」本。これは「考える力」本、これは「伝える力」本と、考えながらの立ち読みをお勧めします。

*注記

*2:ノーベル賞受賞者・ハーバード・A・サイモン『システムの科学』158頁

名付けてTOWICEという文章上達の基本要素

K-POPのガールズグループ「TWICE」に寄せたのだろう、と、思われかねないネーミングなのですが、まさしくそのとおりで、「トワイス」「トゥワイス」という音に頭文字を合わせた、少しばかりのおふざけです。

T:Think(思考)、O:Observation(観察)あるいはObject(対象:客体)、W:Write(文筆)、I:Idea(アイデア)、C:Chenge(かえる:推敲・校正)、E:Edit(編集)

の、それぞれの頭文字をとって「T・O・W・I・C・E」です。『凌駕ライティング工房』の記事には必ずいずれかのタグがついています。Oに関しては、ObservationとObjectのふたつのタグがありますが、このTOWICEを導線としてご利用ください。例えば、「日本語文法」に関する記事には、「Write」と「日本語文法」のタグがついております。例えば、丸谷才一『思考のレッスン』の記事には、「Think」、「Idea」、「Write」とたくさんのタグがついておりますが、この本は、実は「TWICE」のすべてをつけたい本なのですが、絞りきれずに3つにしたいきさつがあります。

この「TWICE」については、別の記事に詳細を記載しておりますので、そちらをご覧ください。

ボクの話

自己表現のために

「よい文章が書きたい」というボクのたわいもない思いからはじめたワークショップがこの『凌駕ライティング工房』です。おおくの先人の知恵をおかりして、編集し、記事を作成しています。

ただ、「ライティング(書く)」といことだけをテーマにしております。非才浅学の記事がどれほど訳にたつかはわからりません。

このワークショップは、 先にお話しした「TOWICE」というボクが名付けたライティングの着目点にフォーカスして、文章読本、文章論、アイデア論、日本語学、心理学、哲学、歴史、小説、詩、俳句などボクが読んだ本から色々な知識を拝借して、記事の作成・編集を行っています。もちろんそこには、ボクのIT技術者としての経験があります。なにより人には自慢できないけど、いいかげんな人生のわりに多くのひとの人情に助けられ、あわせて同じくらいの悲しい経験をしたことがバックボーンあります。ワークショップでのボクの意見には、ボクのひととなりが大きな関係しています。およそ文章には、書いている人がにじみでるもので、里見弴ではないですが、言葉と思想(考え方とでも捉えてください)は合一ですので、仕方ありません。

とはいえ、日本語文法にしても、まるで覚えておりません。これって、かつて習ったのだろうか、教え方のせいでまるで覚えていないと、あわよくば。文科省のせいにしたい気分です。体言と用言ってなんだっけ、助格の種類もわからずに「ハ」と「ガ」の用法とは、いまさらながらに勉強してボクが学んだことを、できるだけやさしく、必要な技術として提示できればと考えております。

ライティングは自己表現の最大ツール

ライティングは「自分自身を最大限に表現する」ツールです。と同寺に、「人と人を繋ぐ」大切なツールといえます。そこにあるのは言葉です。

やさしや、いつくしみや、いたわりや、おもいやりや、いとしさや、やすらぎや、たのしみや、あこがれや、はなやかさや、つつましさや、なによりこのフワっと気持いいココロネをどう言葉にすればいいのだろう。

つらさや、くるしさや、いたみや、はかなさや、ふがいなさや、ゴカイや、ゼツボウや、コウカイや、ムリョクや、なによりこのベットリとまとわりつく暗いココロネをどう言葉にすればいいのだろう。

あいしているや、なかよくなりたいや、あたらしさや、ふかさや、わかりずらさや、あじわいや、たしなみや、キソクや、ホウシンや、ビジョンや、リネンや、メッセージや、なにより相手にわかってほしいココロネをどう言葉にすればいいのだろう。

おいしいや、うつくしいや、きもちいいや、みみざわりや、くちあたりや、うまみや、はだざわりや、まぶしや、やすらぎや、ぬくもりや、リズムや、ビートや、なによりカラダから溢れだす身体のココロネをどう言葉にすればいいのだろう。

ボクに答えはありません。きっと、それを感じること、それを感じようとすること、それを言葉にしようと努めること、それがライティングだとボクは信じています。

なぜワークショップか

このサイトをワークショップ(工房)よぶのは、粘土を手でこねてと陶器をつくるとか、木材を積み上げて建築をするとか、色を重ねわせて色彩をつくるとか、食材を選び味をかさねて料理をつくるとか、プログラミング言語を操ってアプリをつくるとか、などなど、人がものをつくる場所をワークショップ(工房)とよぶからです。

凌駕ライティング工房は、言葉をこねて文章をつくる場所です。そして、ひとりで不可能なことも、多くの人の力を借りて、知識を借りて、もしかしてちょっとはいい仕事ができるのかもしれないと、たがいにもの書く人として、書きたい人として、考えて実践する場所です。ボクの書くことに異論反論、共感同感、違和不感、などなどすべてコメントをいただければ幸いです。読んでくださる方との化学反応が起きて、お互いがより文章について深く考えて、ライティング・スキルを磨きビジネスに生きることができれば最高です。

ライティング技術とはなにか

知的生産とは、知的情報の生産であるといった。既存の、あるいは新規の、様々な情報をもとにして、それに、それぞれの人間の知的情報処理能力を作用させて、そこに新しい情報をつくり出す作業なのである。それは、単に一定の知識をもとで・・・にしたルティーン・ワーク以上のものである 。多少ともつねにあらたなる創造の要素がある。知的生産とは、考えることによる生産である。 梅棹忠夫『知的生産の技術

読んでくれた人がちょっとは楽しくなる文章を書く。そしてなにより大切なのは、書いた文章でお金を頂戴する。と、いうことです。「人が喜ぶいい文章を書いて金を得る」がこのワークショップの、ライティングがスキルあげる理由です。それが、冒頭でお話しした「スキル」です。

学ぶのも、鍛えるのも、書くのも、「お金を稼ぐ」という一点を目指します。「知的生産」といことばの生みの親・梅棹忠夫『知的生産の技術』をもちださずとも、ライティング技術とは、知的生産技術に他なりません。

 

『凌駕ライティング工房』は、ライティングという海原に船をこぎ出すことにいたします。

最後までお読みいただきありがとうございます。引きつづき記事をお楽しみください。

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